中国留学のこんな運用

一人あたり約三〇〇〇万円の費用で、海外での生体腎移植を斡旋し、九名の患者がすでに手術を受けたという。
このニュースが報道された一九九〇年一〇月(『M新聞』一〇月三〇日)、私はコロンボに滞在していた。
ちょうどスリランカ腎臓患者協会が発足したときでもあり、医療関係者と会う機会に、このことを話題にしてみた。
保健省医務局長の話では、スリランカでは臓器売買が法律で禁止されているため、日本人患者への生体腎販売は、考えられないそうである。
法律で禁止すればおこなわれなくなる、と考えるのは役人特有の思考法である。
もっとも設備のよいスリージャヤワルダナプラ病院で聞いたところ、スリランカにおける腎臓移植は、一九八五年に始まったばかりで、まだ八〇例にも達していないので、海外の患者に対するサービスを提供できる段階ではない、と副院長が答えてくれた。
何人かの医師にたずねると、スリランカ国内に関する限り外国人患者のための生体腎移植は考えられないがスリランカから腎臓提供者がシンガポールやインドの病院へ行って、手術を受ける可能性は否定できないという。
その後、M新聞のN記者かスリランカに赴き、調査している。
一九九〇年一一月一三日付けの同紙夕刊によれば、海外腎臓移植研究所に臓器斡旋のビジネスをすすめていたのは、コロンボの婚姻登記官である。
この婚姻登記官は国家公務員であるが、先にも述べたように副業として長野県内の結婚相談所に、スリランカ花嫁を斡旋している人物でもある。
同婚姻登記官はビジネスだというが、花嫁売買も臓器売買もB三原則に反する商品化である。
弁護士のBさんが住んでいた、南インドのマドラス市郊外には、腎臓を売って暮らす人びとの町がある。
町で約一〇〇〇戸のうち一割近くの世帯が腎臓などの臓器販売によって臨時収入を得ている。
生体腎臓の単価は三万ルピー(約二四万円)。
生体角膜の単価は約八万ルピー(約六四万円)、そして皮膚は一平方インチあたり三〇〇ルピー(約二四〇〇円)で取引されている。
このように報道した雑誌は、臓器の売り手と買い手を写真入りで紹介している。
ボンベイではアラブの金持ちが手術を受けるのに対して、マドラスの病院では、シンガポールやタイからの生体腎移植を望む患者が多いそうである。
同誌によれば、腎臓販売件数は一九八三年に五〇件、八五年に五〇〇件だったが、八九年には年間二〇〇〇件以上に増加した。
プネ、ジャイプル、マドごフイなどの地方都市にも拡がり、年商約四億ルピーのビジネスに成長している。
生体腎提供者も最初は男性だけだったが、現在では腎臓を売る女性が増えている。
このような記事を読むと、業者が斡旋したのは、スリランカ人の腎臓よりもインド人の腎臓である可能性が高いように思われる。
ただ、日本人患者が払う三〇〇〇万円とインド人提供者が受け取る二四万円とのあいだに、あまりにも大きな差がある。
売られた腎臓と献体による腎臓とのあいだに、機能上の違いがないのは、売血と献血の場合と同じである。
しかし、私はB三原則を支持したい。
そして日本国内で、臓器売買や売血を許さないのであれば、外国からも輸入すべきでないと思う。
外国からの輸入を進める前に、日本国内での臓器提供者を多くする仕組みを考えるべきであろう。
アジア諸国の工業化と都市化が急激な速さで進展している。
人類の長い歴史を振り返っても、このような巨大都市の群生は、一度も経験しなかったことがらである。
たいへんな勢いで進行しつつある大都市への人口集中は、環境への負担を重くし、人びとの健康な暮らしに影響をおよぼしている。
この問題を調査し、健康指標を再検討するために、一九九一年一月七日から、バンコクおよびコロンボに赴いた。
文部省科学研究費の重点領域研究『人間環境系の変化と制御』を、部分的に担当した仕事である。
調査に必要な準備をしてくれたのが、フィリピン大学第三世界研究センターのR所長である。
クモ膜下出血で入院中のブレンダさんを見舞いに、京都のS病院を訪問して以来の再会だった。
九〇年四月に訪ねたときには、タクシーが都心のマカティ地区の渋滞に巻き込まれ、空港に着いたときは、搭乗するはずの航空機がすでに離陸していた、という苦い経験がある。
今回は幸いにも、フィリピン滞在中のY四国学院大学教授の乗用車に乗せていただいたので、渋滞の苦労が少なかった。
またインド地区に行ったときには、生活事情に詳しい京葉教育文化センターのYさんも私たちに同行し、地域の人びとに紹介して下さった。
アジア研究にたずさわってきた者として、「スモーキー・マウンテン」の居住環境について読んだり、聞いたりする機会は多い。
しかし、お二人が案内するといって下さらなかったら、自分の足で歩き、自分の眼で観察し、自分の耳で住民の話を聞く機会はなかったであろう。
「スモーキー・マウンテン」は、マニラ首都圏のゴミ埋立地である。
ゴミのなかの一部が分解して、白い有機ガスをモタモタと発生している。
ところどころ、赤い炎がチラチラと燃えている。
文字どおり、「煙の山」である。
その山ヘゴミを運び込む清掃車が長蛇の列をなしている。
その一番先では、視界がニメートルも利かない濃い煙が発生し、硫黄の匂いも加わり、むせかえりそうである。
そのなかでゴミの中に散在する有価物を求め大勢の人が集まる。
屈強な男性だけでなく、女性や子どもも少なくない。
ほとんどが、近在のスラム住民である。
「煙の山」には、一万人をこえる住民が暮らしている。
皮肉な現象ではあるが、職住近接の利便がある。
住民間の連帯も強い。
貨幣で測る所得水準は農村より高く、テレビのある住宅も珍しくない。
都市化の最前線で「煙の山」を見つめながら、真に健康な暮らしとは何が私は考え込んでしまった。
飢餓から島民を救済しようというネグロスーキズノペーソ委員会の存在は知っていたが、その活動にはあまり関心を持たずにいた。
奇妙に聞こえるかもしれないが南アジアに親近感の強い私の目から見ると、フィリピンのネグロス島はあまりに遠すぎるからである。
もっと遠いはずの南インドで起きた飢餓なら『ひとごとではない』と思うのに、南フィリピンなら迂遠に感じてしまう。
私にとっての南アジアのように、日本近代は西ネグロス州都のバコロドやマドラスよりも、パリやニューヨークを心理的に近く感じる人間を産み出してきたのであろう。
しかし、ネグロス・キャンペーンの副産物として生まれた民衆交易の成否には、強い関心がある。
商業の復権を主張している立場から、双方の当事者に有益な交易のあり方について勉強したいと考えていた。
一九九二年一月にバンコクで開かれたPPという集会でH社長に会ったとき。
そんな話をしていたら、「ぜひいちど、ネグロスのバナナ村を見てください」とさそってくださった。
それで一九九四年八月末に、図々しくも押しかけることにした。
日本の酷暑から抜け出そうと思い立った旅行でもあった。
さいわい、いろいろな関係者のご援助で、限られた時間だったが予期以上の見聞を深めることができた。
空港には、ネグロス・キャンペーン委員会のMさんが来てくださった。
Mさんとはかつて長野県の「花嫁の商品化」に関する調査でいっしょだった。
早速、ネグロスの民衆運動や組織について、教えてもらう。

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